重陽の節句──陰があるからこそ、陽を生きられる ~本当の自分に気づくことで運は拓いていく~
明日、9月9日は「重陽の節句(ちょうようのせっく)」。
桃の節句、端午の節句、七夕などと並ぶ、五節句のひとつです。
「重陽」という言葉には、陽が重なるという意味があります。
古代中国から伝わった陰陽思想では、奇数は「陽」の数とされていました。
1、3、5、7、9。
その中でも「9」は陽の極みとされ、その9が重なる9月9日は「重陽」と呼ばれるようになりました。
そして重陽の節句は、別名「菊の節句」とも呼ばれます。
菊は、邪気を払い、長寿を願う花として古くから大切にされてきました。
菊を愛で、菊酒をいただき、季節の節目に身体を整える。
そこには、「これからも健やかに生きていけますように」という、昔の人たちの祈りが込められていたのでしょう。
陰と陽は、どちらか一方ではない
陰陽思想で大切なのは、「陽が良くて、陰が悪い」ということではありません。
昼と夜。
光と影。
動と静。
外へ向かう力と、内へ向かう力。
温める力と、冷ます力。
どちらか一方だけでは、生命は成り立たず、陰と陽は完全に分かれているものでもありません。
昼の中にも夜へ向かう時間があり、 夜の中にも朝へ向かう時間があります。
陽が極まれば陰へ。 陰が極まれば陽へ。自然は、常に動きながらバランスを取っています。
不安があるから、希望が生まれる
私たちの心も、同じなのかもしれません。
不安があるから、「本当はどうしたいんだろう?」 と、自分に問いかけることができる。
悲しみがあるから、 「私は何を大切にしたいんだろう?」 と気づくことができる。
寂しさがあるから、「本当は誰と、どんな時間を過ごしたいんだろう?」と、自分の願いを知ることができる。つまり、陰は、取り除くべきものではない。
そこには、「あなた自身を知るための入口」が隠れています。
不安をなくそうとすると、自分を見失うことがある
不安になると、
「こんなことを考えてはいけない」
「もっと前向きにならなくちゃ」
「不安なんて早くなくそう」
と思うかもしれません。
けれど、不安を無理やり消そうとすると、その不安の奥にある 「本当の気持ち」 まで見えなくなってしまうことがあります。
人は生きている限り、不安を感じる生き物です。
大切なのは、その不安が何を教えてくれているのかを、自分に問いかけること。
「私は、何が怖いんだろう?」「本当は、どうしたいんだろう?」「何を大切にしたいんだろう?」「私は、何を我慢しているんだろう?」「本当は、どんな自分で生きたいんだろう?」
不安を敵にするのではなく、 自分自身へ意識を戻すきっかけにする。
すると、不安はただの「嫌な感情」ではなくなります。
自分の本音を教えてくれる、大事なサインになるのです。
「陰」を深く見つめた先に、「陽」があります。その逆もしかり。
陰と陽は対立するものではなく、互いに支え合い、変化し続けるものなのです。
季節が教えてくれる「養生」
9月に入り、暑さの中にも少しずつ秋の気配が混じってきました。
夏のように外へ外へと活動するだけではなく、秋は少しずつ自分の内側へ意識を戻していく季節。
だからこそ、この時期は、
・睡眠を整える
・呼吸を深くする
・温かいものをいただく
・身体を冷やしすぎない
・ひとりで静かに過ごす時間をつくる
・自分の心の声を聴く
そんな「内側を養う時間」も大切にしたいものです。
外へ向かう「陽」の力を生かすためにも、内側を養う「陰」の時間が必要なのです。
今年の重陽に、自分へ問いかけてみませんか?
「私は、本当はどう生きたい?」
不安の奥にあるもの。悲しみの奥にあるもの。違和感の奥にあるもの。
そこにはきっと、 まだ言葉になっていない 「本当の願い」 があります。
その願いに気づいたら、小さくてもいいので、今日からできることを始めて見ることをオススメします。ポイントは自分の心がワクワクすること♪
人生は、すべての不安がなくなったときに始まるのではなく、
不安に気づいたときこそ、自分の望む方向へ一歩踏み出してみると、大きく動き始めるのです。
9月9日、重陽。陰と陽。静と動。内と外。
その両方を大切にしながら、 自分の中の「陽」を育てていきましょう。
あなたの中にある光は、誰かに与えてもらうものではありません。
あなた自身が、「私はどう生きたい?」 と問いかけた瞬間から、少しずつ灯り始めるものなのだと思います。
今年の重陽が、 あなた自身の人生を生きるための、 一歩の日となりますように。🌿
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