誰かの「いいね」待ちは、もう卒業。 〜自分を満たすことを、誰かに任せないって、こんなに楽なんだ!〜


「これをしたら、どう思われるかな?」

「喜んでもらえるかな?」

「嫌われないかな?」

「認めてもらえるかな?」

「私がいないと困るって、思ってもらえるかな?」


いつの間にか、自分がどうしたいかよりも、

「誰かがどう思うか」を先に考えていませんか?


誰かに褒められたら嬉しい。「ありがとう」と言われたら安心する。

「あなたがいてくれて本当に良かった」と言われたら、自分の存在価値を感じられる。


誰かとつながり、誰かと喜びを分かち合うことで、心が満たされることは素敵です。

ですが、その喜びに快感を覚え、満たし続けた先に、


「誰かに認めてもらえないと、自分には価値がない」 

「誰かに必要とされないと、自分は必要な人間ではない」

「誰かに喜んでもらえないと、私は幸せではない」


そんなふうに、自分の心地よさは誰かの反応ありきとなり、

いつしか、自分の人生の幸せさえも人に預けてしまう結果につながります。


私たちはいつの間にか、

「誰かの否定」と「自分の否定」を行ったり来たり。

「誰かが羨ましい」と「誰かが妬ましい」を行ったり来たり。

「誰かに傷つけられた」と「自分を傷つける」を行ったり来たり。


そして、自分の人生なのに、

「私はどうしたい?」 が分からなくなってしまうことがあります。




東洋医学では「心」と「身体」を分けて考えない


東洋医学には、「心と身体はひとつ」という、心身一如の考え方があります。


陰陽五行理論でも、五臓である「肝・心・脾・肺・腎」と、五つの感情との関連が体系化されています。


木―肝―怒り

火―心―喜び

土―脾―思い・考え

金―肺―悲しみ・憂い

水―腎―恐れ


これは、現代医学の臓器と感情を一対一で結びつけるという意味ではありません。

東洋医学では、感情・身体・環境・生活は互いに影響し合うものとして、人をひとつの全体として見ていきます。


だからこそ、「心が疲れている」というとき、心だけを何とかしようとするのではなく、


呼吸はどうか。

睡眠はどうか。

食事はどうか。

身体に力が入りっぱなしではないか。

きちんと休めているか。


というように、身体も一緒に見ていくのです。




感情は、悪者ではない


東洋医学では、感情そのものを「悪いもの」として扱うことはありません。

怒ることも、悲しむことも、喜ぶことも、考えることも、怖くなることも。

人間にとって自然な感情です。


大切なのは、その感情が過剰になったり、長くとどまったりして、自分の中で「滞り」にならないことです。


東洋医学の考え方では、強すぎたり長く続いたりする感情は、気血のバランスや巡りに影響すると考えられてきました。研究論文でも、中医学において感情と五臓、気血の循環が相互に関連づけられていることが整理されています。


もしも、出来事に対して「嫌だ」感じたら、「私は今、嫌なんだ」と気づいてあげる。


そして、

「何が嫌だったんだろう?」

「私は何を大切にしたいんだろう?」

「これからどうしたいんだろう?」


と、自分の心に問いかけてみてください。

これは、あなたを知るための大切な情報となります。




「誰かを嫌だ」と思ったとき


誰かを「嫌だ」と思ったとき、私たちはどうしたらいいのでしょうか? 


「その言い方は嫌だ」

「その態度は嫌だ」

「そこまでされたくない」

「この関係は苦しい」


そんな違和感が出てきたらチャンスです。

あなたの心を知るための大切な感覚なので、否定せず、感じきってみましょう。


その後に、

「だから、あの人は嫌い」「だから、ずっと許さない」

と、相手への怒りが消えないときは、適切に浄化します。

例をあげるなら、紙に書き出し、ビリビリに破いて捨てる、など。


他者への怒りは抱え続けると、やがて自分自身をも焼き尽くします。

そのサインが体に表れる前に、「気づかせてくれてありがとう」と手放しましょう。




「誰かからの嫌だ」も、受け取らなくていい


反対に、

誰かから愚痴を聞かされた。

誰かから不満をぶつけられた。

誰かから否定された。

誰かが不機嫌だった。


そんなときも、

「私が何とかしなきゃ」

「私が悪かったのかな」

「この人の気持ちを分かってあげなきゃ」


と、すべてを自分の荷物にしないでください。

その人が抱えきれずに投げたものまで、あなたが持って帰る必要はありません。


もちろん、自分に改善できることがあるなら、それは自分の成長のために受け取ってもいいでしょう。大切なのは、相手の感情と、あなたの価値は別のものということです。


「その人が私を嫌だと思った」 ことと、「私は嫌な人間だ」は、同じではありません。


必要なものだけを受け取ったら、「これ以上は私の荷物ではありません」と、手放しましょう。

そうすれば、 誰かを恨み続ける必要もなくなっていきます。




自分の「心地いい」を、誰かに任せない


一番伝えたいことがあります。

あなたの心地よさを、誰かの顔色、声色、表情、態度、称賛に任せないでください。


 誰かの「いいね」が欲しくて動き続ける。

誰かに必要とされるために頑張り続ける。

誰かに嫌われないために、自分の「嫌だ」を飲み込む。


それは、自分の人生を生きているようで、誰かの人生の登場人物を生きようとしているのです。




一人ひとりが楽しんでいると、喜びは大きくなる


自分の心地よさを知ると、誰かと比べる必要がなく、誰かからの「いいね」を奪い合う必要もありません。また、一人でも幸せを感じられるようになると、誰かの幸せを脅威に感じません。


「私は私の“好き”を楽しんでいいんだ!」と心から思えると、 誰かの「好き」も心から尊重できるようになるのです。


自分の人生の「いいね」は、自分がつける。

そんな人たちが集まったら、 きっと人生はもっと楽しくなる。


「私はこれが好き!」「私はこれが楽しい!」

「それ、とてもいいね!」「じゃあ、次は一緒に楽しもうよ!」 


一人ひとりが自分の人生を楽しんでいたら、その人たちが出会ったとき、人生の喜びは、もっと大きくなると思うのです。 


エアミーサロンは、あなたがあなたに戻る場所、いつでも扉を開けてお待ちしています。✨


 参考・根拠について ※本記事の「五臓と感情」などは、現代医学の臓器と感情の因果関係を示すものではなく、東洋医学・伝統中国医学における理論体系として紹介しています。

airmiy

心とからだが整う 明日がもっと心地よくなる ボディ&マインドケアサロン

0コメント

  • 1000 / 1000