休んでも疲れが取れないのは、休み方の問題じゃないかもしれない。 ~「私はどうしたい?」を忘れていませんか?~
「ちゃんと休んでいるはずなのに、疲れが取れない。」そんなことはありませんか?
休日は睡眠を沢山とって、家でゴロゴロ過ごした。
それなのに、朝起きると、もう疲れている。なぜかスッキリしない。
そんなときは一度、「疲れを取る方法」ではなく、「私は何に疲れているんだろう?」 と、自分に問いかけてみてほしいと思っています。
私たちは、知らないうちに「自分を後回し」にしている
疲れている人ほど、自分より「誰かの役に立てる自分」を優先していることがあります。
頼まれたら断らず、引き受ける自分。
嫌なことがあっても笑顔でかわす自分。
休めていなくても、家族のために動く自分。
それが長く続くと、「私はどうしたい?」 という、自分自身への問いを忘れてしまうことがあります。
「NO」は、わがままではありません
人から何かを頼まれたとき、「NOと言うな」と強制されて生きているわけではないと思います。
それでも、自分の心が出している小さな「NO」を、自分自身が無視してしまうことがあります。
「NO」と言うことを、「嫌われること」または、「評価されない」ことだと思っている人もいるかもしれません。
「ここから先はつらい。」
「今は休みたい。」
「それはしたくない。」
他者を介在せず、自分で感じ、認めることは、自分勝手になることではありません。
自分とのつながりを守ることなのです。
自分に無関心を続けると、身体がNOと言い始める
「心が言えなかったNOを、身体が代わりに表現することがある」 という視点。
これは、「我慢したから病気になった」「怒りを抑えたから、この病気になった」と単純に結びつけることはできません。病気には、遺伝、生活習慣、環境、感染症など、さまざまな要因があります。 だからこそ、これは「病気の原因を心だけに求める」という話ではありません。
私が大切だと思っているのは、心と身体を、別々のものとして扱わないことです。
そして、身体が大きなサインを出すずっと前に、自分の小さなサインに意識を向けてほしいということです。
「怒り」は、あなたを困らせる感情ではない
その中でも、私が大切にしたいのが「怒り」です。
怒りは、「悪い感情」「持ってはいけない感情」と思われやすいですよね。
でも、
「それは嫌だ。」
「そこまでされたくない。」
「私は大切に扱われたい。」
「これは私にとって苦しい。」
そんな感覚は、自分の境界線を知らせてくれることがあります。
だから、 怒らないことが大人なのではなく、怒りを感じた自分の気持ちを理解すること。
そのほうが、自分との関係を守ることにつながります。それは、本当の意味で、他者の気持ちを理解することにもつながります。
実際、感情を抑制することとストレス時の生理的な反応との関連を調べた研究では、感情抑制が心血管系や神経内分泌系などのストレス反応の増加と関連することが示されています。
「あの人が悪い」で終わらせない
私たちは、目の前で起きた出来事を、そのまま見ているわけではありません。
これまでの経験や価値観、「こうあるべき」という思い込みを通した「心のレンズ」で、出来事を受け取っています。
心理学では、認知行動療法(CBT)やスキーマ療法などで、出来事そのものと、それに対する自分の解釈を分けて考えます。
例えば、「こんなに頑張っているのに、誰も感謝してくれない。」
もちろん、本当に相手が感謝を伝えていない場合もあります。
でも、その出来事による苦しみがとても大きいとしたら、「私は、自分の頑張りを自分で認められているだろうか?」と問い直してみてほしいのです。
「まだ足りない。」「もっと頑張らなきゃ。」「これくらいできて当然。」
いつも自分にそんな言葉をかけているとしたら、自分自身が自分の頑張りを認めることができず、人からの「ありがとう」だけを待ち続ける状態になってしまうことがあります。
そして、最後に戻ってくるのが「私はどうしたい?」
近年の心理療法の一つであるACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)では、「価値(Values)」という考え方を大切にします。
これは、「何を達成すれば幸せになれる?」ということだけではありません。
「私は、どんな人として生きたい?」 という問いです。
例えば、「家族を大切にしたい。」からといって、「自分を犠牲にし続ける」 必要はありません。
「優しくありたい。」からといって、「何でも我慢する」必要もありません。
「人を大切にする。」ための行動は、「自分を大切にする。」 ことから始まります。
エアミーサロンから、あなたへ
「疲れを我慢できる自分ではなく、疲れた自分の声を聞いてあげられる自分。」
エアミーサロンは、頑張るために自分を整える場所ではなく、自分を大切にしながら、自分らしく生きるために心と体をほどく場所。
身体のサインが病気という形になってからではなく、もっと手前で。
自分の小さな違和感に気づき、 自分の心の声を聞き、 自分自身に戻ってくる。
そんな時間を、一緒につくっていきたいと思っています。🌿
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